言語の運用能力に乏しい「言語力検定二級」について

「言語力検定」というものがあるらしいと、先日Twitterで知りました。
gengoryoku.jp

学校で「指導」される「国語」という教科は、体系だっていないように思います。

簡単に言えば「可否基準の曖昧さ」が過ぎます。自然言語はどうしても曖昧になるものですし、だから良い点もありますが、あまりにも曖昧過ぎるのです。ほかの人間より「よく読んだ」生徒を「誤答者」として殴りつけることはかなり多いし、それに対する正確な説明はほとんどなされない。(具体例が本記事の中にあります)
もののあはれ」も「論理的な文章構造」も、怠惰な指導者に教授できるような、皮相的なものではありません。子供たちだって、恐らく、そんなことは理解していて、それでも権威に一定の威力を認めるからこそ黙っているのだと思います。もちろん、熱意ある優秀な国語教師も沢山おられるはずですが、私が学校教育を受けた時の経験からすると、そうした教師から十分な指導を受けられるのは、単なる僥倖と言うよりなさそうです。*1
そんな状況に風穴をあけるべく、有志が立ち上がったのかなあと思いました。そうであれば素晴らしいことだと思いました。早速、どれほどのものかを知る為に、まずは自分で言語力検定2級の問題をやってみました。サンプル問題をやる分には無料なので。

言語力検定二級・問題(pdf)
言語力検定二級・解答(pdf)

こんなもので測定できるのは、出題者の迂闊さだけではないか

結論を言いますと、あまりにも酷かったです…それはそれは恣意的な、まさに自己満足と呼ぶに相応しい代物でした。そこで、なぜ私ががっかりしたか、あの問題の何が悪いのかを、自分の言葉で述べてみることにします。

もし以下に綴る私の「言葉」に力がなければ、私の主張が正統でないと読者の皆さんは読み取ることができるでしょう。逆に、もし私の言葉に力があったなら、私の批判にも幾分かの正当性が宿ることになると思います。
(*注:以下から結構な長文なので、単に「私の見解」を見るだけなら、最後のほうにある「結論にかえて」という段をご覧ください。)

言語力検定二級を問題ごとに見る

公式サイトにあった言語検定2級の問題は次のような構成になっています。
問1、2:選択式
問3、4:記述式

具体的には現物を見てほしいと思いますが、
問1と2は、中学・高校の「国語」にあるのと同じタイプの、しかし質はさらに低い問題です。
問3は、与えられた視点を用いて課題文・表から情報を抽出し分析してみせろ、という問題です。
問4は、3よりもより範囲と視点を多く、かつ広く取る必要がある問題になっています。
(しかし、解答を見れば分かるように、出題者はそこまで考えてはいないでしょう。)

では、具体的に批判に入ります。お手数ですが、問題・解答と見比べつつ読んで頂ければ(一度自分で解いてみてからなら更に)、分かりやすいかと思います。

問1について

要するに、「E以外は正解」。そうは思えないとしても。

1)選択肢E
ゴチャゴチャ解説されているような事を考える必要はなく、Eを消去できればよい問題です。…これは何の試験なんでしょう?そのEを、なぜ消去するかと言えば、「『手段』とは『具体的な方法』であり、『Eの内容』は『注意事項』である」という、「手段」という単語の定義問題です。選択肢を注意深く読めば解答が出せる、言語力不要の受験問題に過ぎません。

しかし、この定義問題にすら疑問があります。この「注意事項」を「考え方」と受け取ると、これを「手段」と絶対言えないという事もないからです。
例えば、「テストで高得点を取る一番いい手段は、問題を良く読むことだ」と、(やや不自然にしても)言えないことはないでしょう。こういう説教をして下さる教師もいるかもしれません。同じように、「レンタカーを安く借りる為の一番いい手段は、小型車を選ぶことだ」と表現する人も、恐らくいます。これは、抽象的な「注意事項≒思考方法」を、具体的な「手段」という言葉で例える比喩の一種(換喩)であると解釈できます。
そのくらいは「言語力」ある人々なら、想定していておかしくないと思います。杓子定規にしか言語を運用できない出題者には、どうも「言語力」が無いのではないかと、私には思われます。

2)選択肢B
解答ではこれは「適切」らしいです。問題文をもう一度見てみます。

レンタカーをいつでも安く借りる手段として適切であるとこの記事がいっているものは次のどれか、当てはまるものをすべて選びなさい。

読者のみなさんはお気づきだと思いますが、注目すべきは「いつでも」という副詞です。[←誤り。脚注参照]*2
この手の問題に「いつでも」なんていう言葉が入っていれば優れた人はいつでもこれに気がついて、いつでもこれについて考えるに違いないのです。

レンタカーがセットにされた旅行商品は、「旅行先でレンタカーを利用したい時に安く借りる手段」であって、「レンタカーをいつでも安く借りる手段」ではありません。「手段」という言葉の定義問題にこだわった出題者は、「いつでも」という言葉にはこだわらないようです。「言語力」はあっても、注意力がないように見受けられますね。

3)選択肢C
これは読解力というよりは、推論が問題になってきます。「考える力」も言語力の一部らしいですから(pdfの右上にそう書いてあります)、当然それも問われていると考えるのが普通の人間です。
問題文の最後から三段落の最後に、こうあります。

一拠点の平均台数は5台だが、需要があれば増車しているという。

なぜ、問題文中にこんな記述があるのでしょう。「置かれている台数が少ない」という主張をするための記述ではないのでしょうか。であれば、「5台たまたまなかったケース」を想像する人が(特に人口密集地に住む人間であれば)いるのではないでしょうか。人口密集地では「予想外の需要で全部出払っている」ような状態はあり得ます。また、「需要が増えたので増車」したとしても、必要な時すぐに使いたいのがレンタカーですから、増車が遅れる可能性を考えに入れたのなら、<いつでも>とまでは言えないでしょう。
つまり、この問いは、<いつでも>という条件に合致しない可能性があります。それを考慮した用心深い人物を、「言語力がない」と言ってしまうのはいかがなものでしょう。
しかし、出題者はその点を考えなかったようです。想像力もないようです。

問2について

この問題も「E以外は全て正答」らしいです。採点が楽でいいですね。先と同じように、疑わしい選択肢を具体的に見てみます。

1)選択肢A
問1で格安レンタカーが出払っているケースを想定した人は、これも消去するでしょう。注意深く、自分の頭で考えるものには「言語力」は宿らないようです。恐ろしいことです。

2)選択肢C
GWということは、連休で、レンタカー業界においてはお客さんの多い時期だと考えられます。

今一度、課題文の上から三段目(見出しの「会員活用割引」の左隣あたり)を見てみましょう。

実際の成約率は75〜80%だ。

こうした比較・予約サイトは[……]ゴールデンウィークなどの需要ピーク期には格安プランが出にくくなる

成約しなかったら別の選択肢を選べば良いし、その為に問題文も「〜つもりだ」という、確定度の低い言い回しを使っているのかもしれません。ですが、そんな「出題者ルール」を回答者に押し付けるのは中・高・大学受験だけでいい。受験はそういう能力を計測する面もありそうです。しかし、「言語力」を計測したいのなら全く意味がありません。それで計測できるものは「言語力」ではなく、「いかに予習/対策し、パターン学習を行っているか」だからです。

「GWは混むのだから成約率は当然落ちるだろうし、格安プランが出にくくなるって書いてあるから、”適切”じゃあないな。」
私はそう考えました。とりあえず予約が取れるかの確認には行くかもしれませんが、普段が75〜80%程度の確約率のサービスだと考えた場合、「格安プランが出にくい」時期において、”適切”とは思えません。せっかくの注意事項を読んでない、と判断されちゃあかなわないと思った私は、心配性だったようです。「言語力」溢れる人の前では、あえて愚鈍に振舞うのが良さそうです。

問3について

この問についての解説ですが…どうして「言語力」溢れる人々は、「箇条書き」が使えないのでしょう?何度も見返すタイプのややこしい話は箇条書きにしてしまうのが一番楽だと思うのですが。

例えば、こんな感じに書き換えると、採点も楽になるのではないでしょうか。

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最重要:「経費」について述べているか否か(述べていなければ誤答)
重要:以下の差に触れているか(触れていなければ減点)
A)「レンタカー:1レンタル毎に課金 vs. カーシェアリング:月極」
B)「レンタカー:車のレンタル時間への課金 vs. カーシェア:車の維持費とレンタル時間への課金」
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さて、この箇条書きを見て分かるように、正答例は「課金対象の特徴・課金形態について」の話をしています。「経費の違いについて述べよ」という問題で課金形態について解答しても間違いではないと思いますが、言語力ある出題者であれば、最初から「課金形態」と言いますよね。「経費」というのは以下のような意味ですから。

けい・ひ【経費】
1.定まった平常の費用。
2.国または地方公共団体の需要をみたすのに必要な費用。また個人経済で、生活費・営業費・建設費・出資金など。「ー節減。」
3.ある事をするのに必要な費用。「必要ー」
(「広辞苑 第六版」より)

けいひ【経費】
その事を行うのに必要な(いつも決まってかかる)費用。「ーがかかる/ーを切り詰める/必要ー」
(「新明解国語辞典第六版」より)

問1では「手段」の定義にあれほど手厳しかったのに、今度は一体どうしてしまったのでしょう?
何より、「経費」の話なのに、数字が一つも出てこない正答例を目にするとは思いませんでした。まだ誤答例の方が数字が出てきているだけ良く見える始末です。
解説を見るに、どうやら「両者を経費の観点から考えた場合、その異なる部分(≒課金形態)を抽出し、述べよ」というのが「真の問い」のようです。「言語力」というのは、どうも「テレパシー」のことなのかな?という疑問が湧いてきました。

問4について

問題がえらく曖昧です。「あなたの住む地域」という恐ろしく漠然とした対象しか提示されていません。「言語力」のある出題者なら、もう少し具体的にものを言うと思います。「〜という職業において」とか、「…という用途の場合」とか、上手く範囲を絞ってくるのではないかと。

さて、二つある正答例の一例目を見てみます。

私が住んでいるのは新興住宅地で、専業主婦が多い地域です。車を持っている人は多いけれども毎日乗っている様子は無く、買い物に行く時に週に1〜2回程度、数時間くらい使われているようです。利用頻度を考えると、スポット的なレンタカーよりもある程度の頻度まで割安感のあるカーシェアリングが良いと考えています。

注目すべきは以下の表現です。
「スポット的なレンタカー」「割安感のあるカーシェアリング
さて、「スポット的な」ってどういう事なんでしょうね?「言語力」に溢れる形容であり過ぎて、私には具体的なイメージが伝わってきません。「必要な時点において、集中的に使うことに特化している」ということでしょうか?狭い範囲で使われる言葉を、うっかり使っちゃったんでしょうか?試験場面という公的な書き言葉を使うべき場所で、内輪言葉を堂々と使う厚顔無恥を身につけられたら、私もきっと生きやすいだろうと思います。
そして、「経費」について触れているのは、「割安感」という単語だけです。大変な疑問なのですが、「経費について教えてくれませんか?」と引越し業者か何かに聞いて、「割安感があります」と回答されたら、皆さんは「言語力ある説明がなされた!」と思うでしょうか?
私はてっきり、そうした回答に対して「要領を得ない」と感じる「言語力」溢れる素晴らしい先生方がこの検定をお作り遊ばしたのだと思ったのですが、期待しすぎちゃったようです。本当にすみませんでした。

結論にかえて

今、日本では、「言語力検定二級」の問題作成者の国語力低下が懸念されている。他人の「言葉を用いる力」を測定してみせるというのは、本来、大それた行為である。それであっても敢えて行おうとした勇気には、一定の敬意が払われてしかるべきかもしれない。
だが、この「大それた行為」が低い言語運用能力によって実現された時、これは憎むべき「恥を知らぬ悪徳」へと変貌するのではなかろうか。
「人の振り見て我が振り直せ」「他山の石」など、我々の先祖たちが残してくれた教訓は多い。先人たちの知恵に唾を吐くような真似だけはしたくないものである。問題作成者の反省は、喫緊の課題であろう。

おまけ

何が言語力検定だふざけんな、古事記から日本語学び直せ!

追記

2011/5/10, 23:15 国語教育批判に関しては、あまりに言い過ぎであったので、表現を柔らかくした。
基本的な主張は「1)体系だっていないから、普通の教師の手には余る 2)しっかり読んで考えるとむしろ誤答になる類の悪問を野放しにするのは、知的怠慢である」の二つ。能力ある教師を責めるほど、私は有能でも偉くもないです。

履歴

2012/09/03:
・脚注のおふざけ短歌で更に本格的にふざけるために、仮名遣いと単語を変更した。
・脚注の変な言葉遣いを訂正

*1:そもそも、「国語教育の方法論」を体系だてて論理的に語る「言語力」を私はほとんど見たことがないが、これはどういう訳だろう?それが出来ない教師こそが「国語」を学ぶべきである。歳をとれば自動的に「若者の能力低下」を嘆くことのできる国に住んでいるからといって、自己練磨を怠る無能教師が大きな顔をしてよいということにはならない。生徒たちの母語運用能力に頼り切って己の無知から目を逸らし、「嗚呼あはれ 何ともあはれ おう、あはれ きみらもあはれと 言はぬは不思議」と言うだけで、本物の「もののあはれ」を言語を操って描き出す能力が薫陶される道理はない。

*2:2011/08/25:副詞というのは誤りだろうと気づいたので追記。『いつ(時の指示語・代名詞)+で(範囲を示す格助詞)+も(取立て助詞)』と考えるのが良さそう。